January 28, 2009
November 28, 2008
November 27, 2008
November 22, 2008
「自分の絶望は誰にも理解されないだろうという絶望」が自分の中にあると私は思っています。そして、それを共有していることによって誰かとつながれるという希望は持っていません。この二つの問題提起は「話せばわかる」と安易に共感することを予め封印しておくような構造を持っていて、私はそこに共感します。 私が思うのは、社会はそういう心情を受けいれる寛容さを持つべきだということです。それが最もローコストで効果的で副作用の少ないセキュリティ対策になると考えています
100ミリたんぶら

個人的には、それは絶望ではない。諦観だと思う。
心情の理解は推測であり、理解に至ることはない。
共有によって繋がる、というのもまた幻想である。
『社会』がどの範囲の社会を指すか解らないが、『そういう心情』を受け入れる社会は昔から存在している。
つまり、私としては、この100%を実質超えたであろう今こそ、きっちりと投資を行い、1台目携帯の席を譲らない算段を始めるべきとき、と思うんですね。そういう意味では、加入者獲得に無駄な資金をばら撒くより、投資にまわしているKDDIは、数年後にはまた大きく注目される携帯キャリアになるのではないか、と思ったりします。
と言うことで、何かと苦戦と言われるKDDIですが、私は苦戦していると言うよりは「あえて目立たず臥して時を待っている」と言うように見ています。証券化した不動産の買戻しなど財務強化も進めていますし、これほど「わが道を行く」でしかもしっかりと顧客満足1位を取れているのは、ある意味すごいことだと思ったり。一番「苦戦」と言う言葉から遠いところにいるキャリアじゃないかなぁ、と思う次第です。と言ったところで本日はこれにて。
November 17, 2008
November 7, 2008